2012年12月01日(土) 00時51分02秒 tvxqkukoの投稿

今日は、青龍映画祭のプレゼンターに登場したジェジュンの姿が数多く見られました。
ステキでしたね。
でも私の心は晴れませんでした。
こんなことを書くとファン失格と言われそうですが…

私は、彼のファンです。
彼のファンだと思っていました。
彼の選択は、私の選択で、どんな道を歩く彼も支持すると決めていました。
けれども日本活動がなくなって2年余り。
私は、多くのファンのように情報を追いかけることをしません。
それは、彼のプライベートや芸能人としての仕事に興味を持たないからです。

私にとっての彼は、表現者キム・ジェジュン。
そして、日本語を話す、日本語で歌うジェジュンに強く惹かれるからです。

芸能人にも芸能界にも何の興味も持たなかった私が、人生で初めて好きになった芸能人は、
韓国人でありながら、日本語を話し、日本語の歌を歌う歌手キム・ジェジュンでした。

彼の歌う日本語の歌、JPOPは、日本人が歌うJPOPよりも日本の心を伝えていました。

韓国人の彼が歌う日本の言葉は、日本人よりも深い理解によって歌われていました。
彼が歌う日本語の歌によって、日本人の私は、日本語の美しさを知りました。
彼が作った日本語の詩によって、日本人の私は、その言葉の調べを知ることが出来ました。

彼のように美しい日本語の歌を歌う歌手は、何処にもいません。
その彼の歌に魅せられて彼のファンになりました。

今、彼は、日本語の歌を歌いません。
韓国へ戻り、韓国の地で韓国語を話し、韓国語の歌を歌う。
韓国人の彼にとって、当然の姿です。
韓国の芸能界で生きるキム・ジェジュンは、私の知る日本語の歌を歌うキム・ジェジュンではありません。

ファンであれば、韓国の芸能界で生きる彼を
ドラマや映画に出る俳優の彼を
芸能人として多くの仕事をこなす彼を
応援するのは当たり前の事なのかもしれません。

けれども私は、多くのファンのように彼のそういう姿に興味を持てないのです。

韓国人である彼に
日本語で歌う姿、日本の芸能界で活躍する姿、日本語を話す姿を求め続ける事はファンとして失格なのかもしれない。
それでも、私は、韓流スター、キム・ジェジュンを望む心にはなれないのです。

私の中にある彼は、
誰に何と言われても、
日本語を話し、誰よりも美しい日本語で歌を歌うキム・ジェジュンです。

その呪縛から心が解き放たれる事はありません。
そして、その夢を見続けている。

現実の彼の姿
韓国芸能界で活躍する姿を見ながら、
いつかもう一度、この耳で
彼が歌う日本語の歌を聞く事を願い続けている。

夢を見続けている
そういう呪縛の中に生きているファンなのです。

彼の韓国での成功を願いながら、
心のどこかで寂しさを感じる。
彼の韓国での活躍を見ながら、
心の中が堪らない気持ちになる。

もう二度と彼の日本で活躍する姿
日本語を歌う彼の姿
日本で笑う彼の姿を見ることは出来ないのかもしれない

そんな不安を抱えながら毎日を過ごす。

心のどこかで
彼の過去の姿、過去の歌ばかりを追いかける

私は、彼の本当のファンとは言えないのかもしれないと思うのです。
それでも
毎日、自分の心の中に生きるキム・ジェジュンの面影を追いながら
もう一度、この日本で
彼を巡り会える事を望み続ける

韓流スターでないキム・ジェジュンを
日本で待ち続ける、そんなファンが一人ぐらいいてもいいと思うのです。

※コメント
この記事を書いた日は、彼が青龍映画祭のプレゼンターとして、映画祭に出演した日だ。

2012年は、何度も書くように、ジェジュンにとっても私達オンリーにとっても一つの転換期だったかもしれない。
年頭に南米ツアーで歌手活動をしたあとは、一切歌わせて貰えなかった。
3月のサセン事案、5月の転落事故、と彼にとって大きな出来事が続いた年であり、本当に彼が芸能界に戻ってくるだけでいいとさえ思うこともあった。
サセン事案から立ち上がってきた彼は、次々と俳優業の仕事ばかりさせられる状況になった。それが、与えられた仕事なのか、自ら選んだ仕事なのか、今ならわかることでも、正直のところ、この記事を書いた頃は、彼の気持ちがわからなくなりそうだった。
彼は歌いたいのか、歌いたくないのか。
韓国で歌手としての活動を封印されれば、あとは俳優として生きていくしかない。
韓国という国にいる限り、俳優の仕事を避けて通ることは出来ない。ましてや、あの事務所にいるならなおさらの事だった。
「ジャッカル」のOSTは発売されず、映画鑑賞会でも歌うことは叶わなかった。
私のようにドラマのファンミに行かない人間にとっては、彼の歌声を聴く機会は全く奪われてしまった一年だった。
モデルのような活動と、俳優活動と、映画の試写会に行く時の僅かな露出しか、彼の動向を知ることは出来なかった。
俳優の彼を望んでいるんじゃない、と何度も思った。
私は歌手ジェジュンを望んでいるのだ。
彼の歌声を聴きたいのだ、と何度も思った。

今、多くのオンリーが彼の日本活動を望み、歌手ジェジュンを待っていると言ってはばからない。しかし、当時は、韓国で俳優としてTVに出演し、放送媒体に出始めた彼の活動を喜ぶ韓国ファンの手前、そんな記事を書くことは、はばかられた。
その頃、主宰していたサイトのもう一人の管理人からは、「俳優のジェジュンが応援出来ないなんて、言ったらダメ」と言われた。
韓国のスタージェジュン応援するスタイルは、米花輪に食事サポート、横断幕。そういう韓国ファンサイトが応援するスタイルを踏襲するのが、日本ファンとしてのあり方で、日本ファンだから日本式の独自の応援スタイルを行うなどは、許されない風潮のようなものがあった。
日本では、スターとファンとの間には、事務所の管轄する公式ファンクラブが歴然と存在し、芸能人とファンとは、一線をひいて懇意になることはない、という当たり前の考えが、韓国では、そうではなく、彼を応援するのであれば、当然、どこかの韓国ファンサイトに募金をして、サポートに加わるか、同じ応援スタイルを取ることが当たり前とされ、どんどん韓国式ファンスタイルが日本ファン社会に浸潤しようとしている頃だったとも言える。

歌手ジェジュンではなく、俳優ジェジュンをファンとして応援することが出来なければ、ファンではないかのようにまで言われる暗黙の雰囲気があった。

事務所が彼を歌わせたくないのは明らかだった。このまま歌えない時期が続けば、やがて彼は歌手としてダメになるのは、目に見えていた。
それでもそれを伝えることも、書くことも封印された時代だった。
韓国人なのだから、韓国での彼の活躍を願うのが当たり前だという風潮の中で、歌手を望む気持ちもましてや、日本活動を望む気持ちも誰にも言うことなど出来ない時代だった。

批判覚悟で書いたのがこの記事だったと思う。
当時、韓流スターを望むのが当たり前。ジェジュンは韓国人なのだから、韓国で人気が出て、ポジションを確立することが一番だと言われた。韓流スターへの道を歩み出したのだという認識が当たり前の風潮の中で、日本ファンとしての願いをブログに綴った。

彼のミニアルバムの発売が発表されたのは、この記事をあげた半月後。12月18日のことだ。ジャッカルのOSTも含む初めてのソロミニアルバムの発売だった。
そんなことが予定されているとも知らず、歌手ジェジュンの姿を見れるのかどうか不安な気分で一杯だった頃の記事だ。(2015年追記)