インドに行って来た後、久しぶりの雑誌画報撮影だ。
どう?面白かった。感動だった。

何をして過ごしていたか?アルバム準備をしていた。曲作業をしていたら、(いろいろ)思い出した。特にアルバムの80%程度直接歌詞を書いたのだが、その当時の状況などを思い出したりして、最近感傷的だ。

〈彼は撮影途中涙をこぼした。フォトグラファー・モクナジョンは、撮影途中被写体の涙に自分もつられ泣いたのは初めてだと話した〉だからだろうか・・・はい。感情がつきあげてきて。

雑誌の発売は、アルバム発売直前らしいが。
ロックだ。以前はロックと言うジャンルを明確に表現したくて、好き嫌いがはっきり分かれるマニアチックな音楽をやったが、今回は非常に多様だ。
ヨーロッパ風の音楽や、カナダやアメリカのロック、僕だけのロックや、僕たちの国で良くに聴くことのできる韓国式ロック…
こんな、いろんな音楽が組み込まれたアルバムだ。参加するミュージシャンも多彩だ。ユンドヒョン先輩からビストのヨンジュンヒョンとハンドンギュン先輩のフィーチャリングもある。曲も多様で、数人のミュージシャンとの共同作業もあり、多くの方が喜んでくれると思う。特にロックが好きな方なら。

ロッカーとしての力量だけでなく、韓国人の情緒まで気を使っているようだ。
アルバム自体に愛と言うメッセージを溶け込ませた。恋が始まる時の震えるようなときめきから、別れたり、誰かを送り出す時まで、愛の始まりと終わりの全てをアルバムに盛り込んだ。公演するときもこのような多様な感情が盛り込まれたパフォーマンスが沢山披露されるだろう。

ロックは難しい。私も全然分からない。何時から、どんな理由でロックなのか?
JYJはポップだ。グループはポップだが、ソロの時はもう少し差別化されたものをお見せしたかった。それから、僕が本当に好きで上手にできる事をやってみたかった。その思いに至った時、幼い時好きだったロックを思い出した。初のアルバムは、伝統ロックをされている方たちから嫌な目で見られたくなかった。どうせやるのなら、少し強烈にやろうとしたのだが、幸いにもロックをされている方々が喜んでくれた。それで今回の曲も沢山書いてもらえた。
サウンドは確実に見せながら大衆が好むようなメロディーが盛り込まれた音楽をやって見たかった。

公演は沢山やっている。TVで歌う姿が見たい。
勿論沢山姿をお見せしたいのは僕たちの願いでもある。歌もたくさん歌いたい。しかし、状況が・・・

最近は少し変わったのではないか?
事実、訴訟結果やそんなことは・・まぁ・・・

いずれにしても、私はあなたの演技が好きだ。特に日本ドラマ<素直になれなくて>を見て好きになった。
楽しみながら、またずっと観ている。職業が俳優の方たちが嫌がるかもしれないが、「僕は専門的に演技に命をかけたい。」そんな水準ではない。今、僕のような状況は、俳優になりたくて、演技が面白い。演技を始め魅力を感じる段階だと思う。小規模演劇もチャンスがあればやってみたい。
だから、これからは、もう少しひたむきになりたい。

真正性は十分に感じる。今まであなたが演じたキャラクターは実はそれほどカッコいい男性たちではなかった。臆病だったりみっともなかったりもした。時代劇に挑戦したのも驚いた。上手だということが一番良いのだ。でも、すぐに上手くなると言うより、多くの事に接してみることがまず必要だと思う。
今、多様なキャラクターを経験してみることが、10~20年後に本物の俳優に成れる滋養分だと信じる。

あなたは韓流の第1世代で元祖だ。NRGが…。タイでは、あなたのための神殿もあると言うが・・・
歌手としての姿を好んでくれる方と、演技者としての姿を好んでくれる方はちょっと違う。その中でキムジェジュンと言う人間自体を好な方もいる。
多くの人たちの期待と応援を受けるという事だけでも、十分に感謝する。

それはそうと、今日は会って驚いた。こんなにスリムだったか?
太りたいのだが、歳を取ったからだろうか?『あ、すみません。年齢の話をするなんて』幼いころは筋肉もあったりして運動をすればすぐ効果が出たのに、今は体が作れなくなってきた。しかし、肯定的に考えれば、肉がついて垂れ下がるよりはスリムな方が幸いだと思う。

(間違いなく彼は私の腹を見ていた)うらやましい。ファンより体が。
僕はストレスだ。

ロックじゃないか。
はい。スリムでなくては。

そろそろ20代後半だ。お金はどう使いか?
一旦、財テクと言えば良いだろうか、小さなビジネスなどはある。カバンのブランドもあるし、コーヒーショップもあるし、ユチョンとは居酒屋もやったり。

居酒屋?どこで?ハクドン十字路に。

〈私の家に近くではないだろうか?〉そこは何処?
ハクドン十字路ぺニゴンス横町に入るとボムスストーリーだと・・・

〈前職場がボムスストーリーのすぐ横の建物だった。本当だ)私の名前はボムで終わる。それでそこで酒を飲みながら、ここは私の家だといった。しかし、財テクは金を稼ごうとして飛びつくと最後までできない気がする。今は、もう少し専門化してお見せしたいと言うのが目的だ。
維持できてモウケがあってこそ、更に良い事が出来るから。どうせやるならきちんとやりたいと思うのは誰でも一緒なのではないだろうか?

カッコよく着こなしますね?まぁ、ジディ(?)があるから。

本人だけのスタイル?そんなこと?スタイルは特にない。なんでも着る。トレーニング服からジーンズにTシャツまで。しかし、誇張して装うときもある。

俳優でもロッカーでもファッションは必要だと思う。
ロックのファッションは、その人の精神だと思う。髪も洗わず半ズボンにスリッパだけで歩き回ってもロッカーはオーラがある。
キムパダ先輩やユンドヒョン先輩が何もしないでサングラス一つだけ付けて出てきても風合いを感じる、そんなこと。ファッションで出るものではない。

一体ロックの精神は何か?通俗的に言われる反抗か?
歌謡は決まったメロディー内に曲が盛り込まれている感じだとすると、ロックは声がかすれるとか、音が外れても全く関係ない気がする。これが良い気分だ。これが自由というものだ。特に高音を気持ちよく張り上げる時、ストレスが解れる、それを言葉では全部表現しきれない。
楽しみ。悲しみ。絶叫。全ての感情をロックと言うサウンドの中に吐き出す時、初めて自由を感じる。

アルバムのテーマである愛について話をしてみよう。まずは家族。
申しわけない。家族は僕が何をしても包みこんでくれる誰よりも大きな力だ。しかし、それにふさわしいくらいの恩返しが出来ていない気がする。家族が望むことは成功より、一回連絡すること、一回顔を見せること、こんな些細なことなのだが、それを守れずにいる。

異性。女性。結婚。
僕が何に従うかにより理想も変化するようだ。何にストレスを受け、また、何に幸せを感じるかにより相手に望むことも変わってゆく。
昔はある基準を置いていたが、今は無い。環境により気分により変わってゆく。年齢差も関係ない。

別れを上手く克服するか?どのような気持ちかにより変わる。非常に慎重な場合や、やっと実った愛なら、それにふさわしいくらい別れも辛い。軽く始めた愛なら別れも簡単なのではないだろうか。

脊髄にJYJメンバーパクユチョンとキムジュンスの名前が刻まれている。
大きな意味がある。体に刻むという事は一生一緒だ〈持って行く〉という事だ。

何時刻んだのか?
JYJが誕生した時。一緒に夢をかなえ、青春の一番大きな苦痛も変化も一緒にしてきた友人たちだから全く後悔はない。僕がおじいさんになり、孫がこれ何だと訊ねたとしても、恥ずかしいとは思わないだろう。長い時を過ぎた記憶は少しずつ忘れられてゆく。忘れられた記憶も、このタトゥーを通じまた思い出したり、僕の子供たちにも話してあげられるという事は幸せだ。

メンバーたちとはおもに何をするのか?
三人が一緒だという事が全部だ。他の何もない。存在だけで力になる。メンバーがいなければ万一そうだとしたら死にそうだ。
もともと親しい友人は1年に何回会うかとか回数なんて重要ではないのではないか?ヒョンジュンも、1年に1,2回会うが一番親しい友人が誰かと聞かれたら
3本の指に入る。少し前ジュンスが、「ヒョン最近何してる?」というメッセージを送ってきたが気分が本当に良かった。SNSにUPしたいくらい。

チーム活動だけではなく、3人全員自分の領域で上手くやり遂げて行っていると言う点もありがたいだろう。
たとえば、僕が活動をせずユチョンが一人活動をするとしよう。僕たちはその時発生する収入も少しずつ分け合う。こんな風にして長い時間が流れたけれど、不満はない。金が目的ではないからだ。僕が仕事をしなくても金を稼げるという事でもない。この友達はこんな風に一生懸命仕事をして僕を助けてくれるのに、僕がこの友達より逆になってもいいだろうか?僕ももっと一生懸命やらなくてはという強い意志を作り出す役割だ。怠惰になることは出来ない。
僕たちはJYJと言うグループで成長しながら互いを通じて力と刺激を受け良い関係を構築している。

家族、異性、友人、メンバーとの愛について話をしたので、自己愛について聞いてみよう。強い方か?
強い。苦痛が訪れる時更に強くなる。もちろん自分も非常に辛い。でも、自分が受ける苦痛は、自分にせいで周辺の人たちが辛い思いをするのが心配で辛いのだ。

2004年デビューして10年目だ。過ぎた10年が今後の10年にどんな言葉をかけてやれるだろうか?
自分の歳が無意味だという事を感じる。30歳の時何をして、来年どんなふうに生きるか期間を定めておくこと、それにも意味がない。僕は今の自分の姿が好い。
本当に好い。これを何故今まで分からなかったのだろう。後悔するほどだ。遊ぶときは本当に思いっきり遊び、仕事をする時は本当に一生懸命仕事する。時間が経つほどこんな風に表現し吐き出し、時々自分を下に置くという事が幸せだという事が分かる。以前は、後ろで一人で泣いて、うんうんうめいたから、歪曲された視線も多かった。こんな自由さが大きな助けになる。

だから、過去の10年は幸せだったという事か?当然だ。ただいま振り返ってみると、もっと幸せになれたのに、何故それを今になって気づいたのか、残念なだけだ。

話しはまだ残っているか?
これは必ず記事に載せてほしい。ファンたちとJYJ、そして自分を思うと、間違いなく放してはならない紐がある。僕たちには他の芸能人とは少し違って、その紐があるため、もっと長く愛してくださるようだし、更に一生懸命やろうと言う意思が生まれる。その紐だけは絶対に放さないで・疲れてしまわないでほしい。
成長し変化したとしても・・・

(全訳 mariya ご本人の許可を得て転載させていただきました)
(写真出所:キムジェジュンギャラリー)