呆れるほどお粗末な結果だった。
この動画には、彼がその場所でステージに行けず、押し戻される様子が映っている。

4年に1度開かれるという世界軍人体育大会。
今回の主催国は韓国だった。
Wikipediaを読むと、世界軍人体育大会というのは、国際ミリタリー競技評議会によって開催される軍人の世界大会であり、各競技別に開催されていた世界大会を一度に集め1995年から開催されている。
過去の開催国は、イタリアやクロアチア、インド、ブラジルなど。次回は中国での開催が2019年に予定されている。

そんな年回りに軍隊に入隊したのも、韓国が主催国だったのも、歌手ジェジュンの持って生まれた強運なのかもしれない。
韓国軍にしてみたら、自国での開催の最終の美を飾るのに、韓流スターを利用しない手はない。
手に入れた彼を利用することの広報性も影響力も十分承知の上での配置だっただろう。

彼は、仲間と一緒に歌うことを選んだ。
いつも自分だけが目立つことを良しとしない彼らしいあり方だった。

「アリラン」をロックで歌う。
それは、今の彼の最も彼らしいあり方だ。
「ロック」こそが、彼の最も追求したい音楽だということ。
東方神起でデビューをし、ファンに耳慣れたバラードのヴォーカルの音色を払拭し、デビュー前から歌いたかったロックを歌う。
これは、彼の長年の夢でもあり、願いでもあったはずだ。
ファンに受け入れられるかを心配しながら、ミニアルバムで反応を確かめたロック。受け入れられると認識したあとのソロアルバム「WWW」は見事な出来栄えだった。
彼が「宝物」とまで言ったアルバムは、私にとっても宝物である。

地上フェスでも臆することなくロックを披露し、完全にロック歌手としての姿を印象づけた。
そんな彼が、「アリラン」を歌うのに選んだスタイルは、声の掛け合いによるロックバージョン。
何度も入念に練習をし、リハーサルを重ね、本番を迎えたはずだ。

世界軍人大会なのだ。
韓国軍が主催している、いわば軍の威信をかけた大会開催だ。
その閉会式の一番の華とも言うべき最後のパフォーマンス。
その場所に韓流スターを投入し、世界に発信した韓流文化は、国策と一体なのだということを印象づけるその場所で、軍隊のリスクマネジメント能力とモラルの低さを露呈した格好になった。

暗闇の中、8小節の彼のソロパート。
その後、4小節の間奏で、ステージに駆け上がるはずだった彼らは、彼の歌声に引き寄せられた群集に行く手を阻まれた。
フィールドに散らばる群集と、ボランティアの女の子が一同に集まっては、身動きすることすら叶わない。
余りの人混みに関係者は、彼らを出てきた方向に押し戻し、フィールドの端で歌うことになった。
リハーサルと全く違う状況に臆することなく歌いきったのは、彼が場数を踏んだプロの歌手だったからだ。
他のメンバーは、マイクを握ったまま、彼の側にたどり着くのが精一杯だった。
その間も、彼は一人で歌いきり、仲間を励まし、手振りで誘導しながら一緒に歌うことを求めた。
どんな状況でも音楽を中断させること、歌声が中断することを歌手は最も恐れる。そんな歌手としての本分が、彼一人きりでも歌い続けさせたのかもしれない。
練習の成果を十分に発揮できないまま、アリランは終わり、低音部を支えるメンバー二人は殆ど歌声を披露することも出来なかったように見えた。

結局安全上の問題ということで、彼のアンコール曲「空を駆ける」は取り消された。

余りにもお粗末だ。
日本ならありえない。

先ず、彼に群がった人間の多くが、軍人ではなく、一般のボランティアの女の子だったということに驚く。
軍の大会で、一般女子のボランティアを使う。それも考えられない。軍人の大会なら、軍の女子を使うべきだった。
そんな場所に韓流のアイドルスターが現れたら、どういうことになるのかの状況判断も予測もつかないほど、韓国軍のリスクマネジメント能力は低いということを示している。
国防軍という国家の中で、最大のリスクと向き合わなければならない場所で、たった一人の韓流スターのリスクマネジメントも出来ない韓国軍の能力というもののお粗末さを露呈した。
韓国軍のリスクマネジメント能力の低さは、先日起こった手榴弾による事故が二年続いたことにも現れている。
軍隊にとって最も大切な存在である軍人の安全すら確保する能力もない。起こりうる危険を予測する能力も持たず、業者との癒着に走る国防軍に、国民の安全を守る能力があるのかどうか甚だ疑問だ。
数々起こる軍内部でのハラスメントは、その一端を表してる。

その上、数多く上がる芸能人との自慢げなツーショット画像。
国を守るという場所で、最もセキュリティーの厳しくなければならないその場所で、個人のtwitterやInsta.に画像がダダ漏れするほどの管理体制の甘さだ。
一般兵士のみならず、上等兵や将校に至るまで、平気であげてくる感覚に、軍人として何を意識し、何を行動しているのか疑いすら持つ。

韓国という国のモラルの低さは、軍隊ですら変わりないのだということを露呈している。

賄賂と利益供与が当たり前の韓国では、軍隊ですら、国の利益より個人の利益hが優先され、情報はダダ漏れになるのだ。一般社会において、情報が漏れるのは至極当たり前のことなのかもしれない。そんなモラル社会の中に彼がいる。

彼のソロアルバムの発売が、来年の1月。誕生日より早い時期だという情報は、彼のマネージャーとファンカフェの癒着との構造の中で、漏れたと聞いた。
度々頻繁に来日する家族の影には、いつも特定のファンカフェの影が見える。
空港の送り迎え、滞在中の経費、接待。
そんなものは、芸能人を家族に持ったものの特権であり、ファンカフェが接待するのも当たり前の社会構造なのだろう。
マネージャーだけでなく、本人ですら特定のファンカフェとの癒着の構造は当たり前の韓国社会において、彼だけは、一線をひいている。
家族やマネージャーというごく近しい存在が、当たり前に利益供与を受ける中で、彼はどのように自分のスタンスを守り続けていけるだろうか。

韓国での当たり前のモラルが、私には、酷く違和感を覚える。来日中の家族の影にちらつく日本人は、もちろん韓国サイトの日本人スタッフであり、日本人であっても相手が韓国の芸能人であるなら、韓国のモラルを持ち込むことに何の疑問も持たないのだろう。少しでも有利な情報を取りたい、少しでも本人に近づきたい。そんな思惑が醜いほどのファン心理を煽り、行動へと駆り立てていく。

「ちっとも彼は私達を頼ってくれない」とかつて交流していた頃、このファンカフェの管理人は、私に嘆いたことがある。決して家族には利益供与しないと言い切ったこのカフェが、今では平気で堂々と家族を接待し、彼の情報を取り、ファンカフェの中で有利な立場を保とうとする。
彼自身にどんなに尽くしても、他のカフェと平等に扱う彼のあり方に、方向を転換したのだろうか。

そんな環境の中で、彼だけが自分のスタンスを守り続けてきたのは、奇跡に近かったのかもしれない。
彼の決してどことも癒着しない清潔なモラルとスタンスに惹かれながら、彼がどんな場所であっても、どんな状況になっても、彼のスタンスを守り続けることを願っている。