#김재중 #ジェジュン PARADISE CITY広報大使 キム・ジェジュンスペシャルファンミーティングプロモーション映像 pic.twitter.com/uuMmFCN6Pr
— ☆마이재 XCIXV☆ (@Myjae9095) May 20, 2017
正念場が始まる。
パラダイスファンミの彼からのメッセージを観ながら、そう思った。
日本ファンに向けた彼のメッセージには、笑顔もいつもの拍手もなかった。
緊張した顔つきで、肩で小さくため息をつく彼の姿があるだけだった。
cjesが何かを画策しているのは、わかっていた。
アジアツアーが終わってからの彼の活動についてのコメントは二転三転した。
「次は、ドラマでお目にかかることになるだろう」から、「ラブコメディーに出たい」「現在、慎重に検討中」そして「現在、休息を取って次期活動を準備中」だ。
ドラマが始まらないことに対して、vliveのコメントの問いに「焦らさないで」と答えた。
ドラマが決まらないことを「事務所の妨害」と言うファンもいるが、ドラマの仕事に関して事務所は妨害しない。妨害する理由がないからだ。
ドラマが決まらなかったのは、おそらく彼自身の意思によるものだと思う。そして、現在、休息を取っていることも彼自身の意思だ。
おそらく除隊後、ドラマでファンミを6月にすることは決まっていたのだろう。アジアツアーが終わり、このクールのドラマが決まっていた。それに伴ってファンミを行う。
しかし、今期のドラマ出演はなかった。パラダイスファンミは、ドラマファンミの代わりのものとも言える。
ドラマに出ないのなら、せめてファンミだけでも開催させろ、と迫ったのか。
ファンミが発表されても、入隊前のように参加者が集まらなかった。
申し込んだ人によると一時募集締切りの直前に申し込んだにも関わらず、番号は100番にも満たなかったという。2次募集が発表されたが、そもそも2次の募集が今までの記憶にない。それぐらい彼の為に、彼のイベントには、参加した人が多かった。
しかし、今回は様子が異なった。
ファンの流れは確実にNO Cjes だ。
Cjesの提供するものには、お金を落とさない。
これでは、到底、ファンを集められないと考えたCjesは、彼をパラダイスの広報大使にねじ込んだ。そして、二次募集には、ハイタッチの特典をつけ、「迷っている方は、是非とも彼に会いに来てください」というコメントを追加した。
それでも十分でないと思ったのか、遂に彼に日本ファン向けのメッセージまで話させた。
「韓国での活動が忙しくなり、下半期には日本で会うことが難しい。その代わり、韓国で皆さんと会いたい」とまで言わせた。
即ち、ジェジュンと会いたいなら、韓国へ来い!ということを、日本ファンに彼の口から言わせたのだ。
この7年、ずっと彼のファンであるとともに、彼のファン社会というものを見てきた。
彼が日本活動を打ち切られ、韓国へ戻り、JYJとして活動を始めた2010年秋。
突然、日本からいなくなった彼の姿は、ネットだけにしか存在しなかった。ネットを追わなければ、彼の消息は掴めなかったのだ。
あの頃は、多くのファンが東方神起時代からのファンで、グループ全体を応援するというスタンスを継承していた。
韓国では当たり前の個人ファンということが許されなかった時代でもあった。
私のように彼だけのファンであるということを表明する人間は、異端視され、徹底的に叩かれた。
私は、最初から彼のソロ歌手と日本活動を望んでいたが、そんなことは、口に出すのもはばかられた。
彼のファンであるなら、当然、JYJのファンでなければならず、彼が愛しているメンバーを愛するのも当然。メンバー全員を平等に扱い、平等に応援するのが、正しいファンとしてのあり方だとされた。
そして、韓国に戻ったのだから、当然、韓国での活躍と成功を望み、その為に応援するのが当たり前とされた。
当時、韓国ファンサイトは、行き場を失った日本ファンの獲得に必死だったように思う。巨大な市場と購買力を持つファンの行き場がなくなっていた。ファンサイトはこぞって、彼らのグッズを作成し、販売して、その莫大な収益によって、サイトを運営し、彼らのサポートを韓国ファンサイトの名前で行なった。
JYJになった当初から、JYJのことは、彼に全てのことが背負わされた。
タイでのコンサートでは、一人、日程より先に入国し、コンサートのスタッフとの打ち合わせから舞台監督まで行なった。ソロ活動に忙しい二人は、コンサートの前日に辛うじて入国するという有様だった。
「ジェジュンはJYJがやりたいのだから、JYJのことをするのは当然」というスタンスを事務所も二人のファンも持ち続けていた。
そうやって彼だけがソロ活動を行わず、もっぱら広報大使や、モデルの仕事ばかりおこなっていた。
彼がドラマに出演が決まった時には、当然、日本ファンもそれを喜ばなければいけなかったし、ドラマサポートを行う韓国のファンサイトに寄付をして応援するのが当たり前という風潮があった。
「彼は韓国人であり、韓国で成功するのを応援するのが、ファンとしての正しいあり方」だったからだ。
その間、JYJのロッテファンミやメンバーシップが何度も行われた。
当然、彼に会いに多くの日本ファンは渡韓した。
「もし、行かなければ彼が可哀想だから」「彼のファンが少なかったら、彼が可哀想」
そんな言葉をあちこちで聞いた。
そうやって多くのファンはJYJを応援した。
そのファンの傾向が大きく変わったのが、2013年の横浜アリーナでのファンミとミニコンサートだった。
2013年の4月、JYJは、3年ぶりに日本に戻ってきた。その時、彼のファンの大方は、JYJをやはり応援していたと思う。
1月にミニアルバム「I」を出していても、彼だけを応援しようと思う人はまだそんなに多くなかったと記憶する。
6月に開催された横アリは、突然、降って沸いたような話だった。
3年ぶりに聴く彼の日本語の歌声だった。
それまでずっと日本活動をして欲しいと思う心をどこかで封印し、韓国での活動を応援していたファンの流れは、このコンサートを境に急速に変わった。
彼の言葉の端々に日本への思いが溢れていた。日本ファンへの愛情が溢れていた。
そして、トリプルアンコールでの彼の姿がファンの目に焼き付いた。
「彼だけでいい」
「日本に帰ってきて欲しい」
ソロ歌手としての彼の魅力は、JYJで活動する彼とは比較にならなかった。
彼は、2010年6月に両国国技館に戻ってきた時から「以前と同じように日本活動を行いたい」と言っていた。
その言葉が揺れたのは、一度だけだ。
2013年11月の浜スタ。
横アリで彼の絶大なる人気と強固な日本ファン層を知ってCjesは慌てたと思う。
なぜなら、韓国人の彼を韓国に取り戻すこと。
彼の日本との繋がりを断ち切ることが、Cjesの最大の目標だったに違いないからだ。
彼は、日本でブレイクした。
最初から彼を知っているファンなら、彼が日本でどんどん自信を持ち、彼を中心に東方神起がブレイクしていったのを経験しているはずだ。
NHKが特集した東方神起スペシャルは、デビュー当時からの東方神起の曲をアンケートを取ってランキング別に編集したものだが、曲のサビや出だし部分ばかりを集めてダイジェストで繋ぎ合わせた画面は、彼の歌声ばかりが聞こえてくる。
如何に「東方神起」というグループが彼の歌声によって成り立っていたのかということを暗に証明する番組になっているのだ。
その歌声に慣れ親しんだファンの耳には、どうしてもJYJのサウンズは馴染まなかった。
3年ぶりに彼だけの日本語の歌声を聴いて、自分が何を求めていたのかを自覚した人は多かったはずだ。
しかし、それは、Cjesにとっては大きな誤算だったに違いない。
切れたと思っていた日本との繋がりを彼は確実に持ち、アリーナでのファンミを決めてきた。Cjesの絡まないイベントは、所属事務所としてのメンツが丸つぶれになる。
辛うじて、プロデュースの一員に加わったが、スタッフも実質的なプロデュースも全て日本スタッフによるものだった。
Cjesは、彼の絶大で強固な日本のファン層の存在を嫌でも知ることになる。
そして、今度は、その日本ファン層を自分達の利益に取り込むことを画策する。
横アリ後の日本から彼へのオファーを徹底的に潰し、日本との繋がりを断ち切ることに躍起となった。
彼のソロ活動を熱望するファンを取り込む為に、ソロアルバムを発売し、日本でのコンサートを開催した。しかし、それはあくまでも韓国の歌手が来日公演を行う形であり、スタッフもプロデュースも全て韓国側の手によるものだった。
彼には、日本の状況に詳しいと認識させた人間によって、徹底的に嘘の情報を与え続け、日本ではオリジナルの日本語曲は歌えない。日本で待っているのは、JYJのファンであって、彼一人を待っているのではない。日本ではファンがどんどん減って、3年も活動のない人間が今さら帰っても何も出来ないと、マインドコントロールし続けた。
横スタのコンサートでは、ダブルアンコールにも姿を見せることが出来ず、ツイッターでは、韓国語でしか呟かなかった。
あくまでも韓国の歌手が来日公演を行なっているのだ、というスタンスを取らせ続けた。
「こうやって日本でコンサートするのも、いつ出来なくなるかな、と不安に思う」
それまで、「どんなに困難でも頑張る」と言い続けた彼が初めて日本活動に対して弱気な発言をしたのを聴いて、多くのファンが落ち込んだ。
彼が日本活動を諦めた、と感じたファンは多かった。
「見ているのが辛い」と言って、彼から離れたファンもたくさんいた。
ひと月後の大阪で、彼は立ち直っていた。
「いつまでも待っていて」と初めて自分の気持ちを口にした。
そのあとの名古屋でもそれは変わらなかった。
2014年、2015年。彼は歌手活動ができなかった。
歌う場所も与えられず、俳優としての仕事とJYJの仕事。そして、多くの韓流スターと同じようにファンミを行うだけだった。
それでも多くのファンは彼を待ち続けたし、Cjesの他のメンバーとの扱いの格差に、彼の力になると思って、韓国での彼のイベントには出かけた人が多かった。
そうやって、彼を支え、彼のファンが日本にたくさんいることをCjesに確認させ、彼をもっと大切に扱って欲しいと思ったファンが多かったのかもしれない。
韓国に行かなければ、彼に会うことはできなかった。だから、彼に会いに行った。
入隊後、アルバムの発売日がホログラムコンサートでの彼の発言で、彼の計画していたものとは違うことを確実に知ったことや、アルバムの日本での売上げを巧妙に隠されたことなど、今まで、数々、不審だと感じていたことが、ハッキリ明らかになるに連れて、Cjesに対しての不信感も膨らんでいったように思う。
韓国での彼をどんなに応援しても、彼は、思うように歌うことすらできなかった。
分裂当初からのファンにとっては、あくまでも彼はJPOP歌手ジェジュンであり、歌手以外のなにものでもない、と感じているファンが多い。
そして、除隊後、彼は、自分の口から、ハッキリと歌手活動への思いと日本活動への思いを話した。
そこには、歌手ジェジュンの姿しかなかった。
今、ファンの多くが、彼を日本で待つ、というスタンスを取る。
どんなにCjesのイベントに参加しても、韓国へ会いに行っても、彼の日本活動は再開されない。
それは、彼が望む日本活動を、Cjesが望んでいないからだ。
彼が望む日本活動は、どんなに韓国へ行っても手に入らない。
それなら、日本に彼が戻る決意をするまで、日本で待つ、というファンが多い。
その為に今回のパラダイスファンミにも参加しない、というファンは多いのだ。
その反面で、この2,3年。とくに2013年以降にファンになった人の中で、今の彼の状況に違和感を持たないという人も多くいる。
彼女達にとって、彼は最初から韓流スター、キム・ジェジュンであり、東方神起もJYJもない。韓国の歌を歌い、韓国のドラマに出る韓国人スター。
そんな韓国人スターの彼は、他のスターに比べれば、日本語はペラペラだし、日本への愛情は溢れている。決してリップサービスでない日本ファンへの態度は、彼女達にとって十分であり、むしろこれほど彼から愛されている日本ファンは幸せだと言う。
今回のファンミも、韓流スターであれば、当然のイベントであり、タッチ会も団体写真もあるファンミなら高額でないとも言う。
そんな彼女達は、韓国での彼と日本での彼が見せる顔が違うのも、仕事だから、使い分けているように思う、とも言う。
そういうファンにとっては、到底、今回のファンミに対する批判は理解出来ないのかもしれない。
彼が日本を去って、7年。
入隊するまでは、除隊するまでは、と思ったファンが多かった。
韓国人としての義務を果たせば誰に何の文句も言われない。彼の思う通りの活動が出来る、と信じて待っていたファンは多い。
除隊して、5ヶ月。
まだ彼の日本活動も彼の望む自由な活動も見えてこない。
彼を支え続けたファン層の主流は、紛れもなく、東方神起時代のファンであり、その多くが40代から50代へと確実に年齢を重ねている。
日本で活動のない彼は、10代や20代の新規ファンを開拓することは難しい。10代の若い世代は、東方神起は知っていても、ジェジュンを知らない人は多い。
過去のメンバーとして存在を知る中で、ファンになっていくのは、僅かな数でしかない。
中高生は、東方神起は知っていても、ジェジュンは知らないのだ。
自分を支えるファンがどの年齢層に多いのかを知っているからこそ、「みんな長生きして」「120歳まで生きて」という発言に繋がるのかもしれない。
新しいファンは、彼の日本活動を知らず、彼の韓流スターとしての活動を当たり前だと感じるファンばかりになるかもしれない。
このままの形で、彼が活動を続けるなら、ファン社会は持ちこたえられないかもしれない。
そうなれば、確実に彼の日本ファンは減少する。
彼を支えてきた購買層は確実に減っていくのだ。
パラダイスファンミを巡る意見を読みながら、そんなことを思った。
7年という年月は決して短くはない。
ましてや東方神起時代からのファンにとっては、10年前後の人も多いだろう。
彼にとっても日本ファンにとっても、もう限界に近い。
ファン社会は、持ちこたえられないかもしれない。
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